「三年に一度は閏年(うるうどし)があって、鶏は明け方になく」-当たり前のことを当たり前と知る

しばらくの間疑問が解けなかった。

道元禅師の説話を収めた『永平広録』(えいへいこうろく)の中で、禅師は仏法については認得眼横鼻直(にんとくがんのうびちょく)「眼(め)は横に、鼻は真っすぐについている」というごく当たり前の認識しかない、と喝破し、さらに当たり前の例として「太陽は東から出て、西に沈む」、「三年に一度は閏年(うるうどし)があって、鶏は明け方になく」と続くくだりがある。







三年必一閏、鶏向五更啼。(道元『永平広録』巻一・四八上堂)
鶏向五更鳴  鶏(にわとり)は五更(ごこう)になく  千宗室筆
建国記念の日、妻は年の初めに家元からいただいた扇子を掲げて茶を点てる
撮影: 2017. 2. 11. NIKON D7100, AF-S DX NIKKOR 18-300mm, 1/80sec f.7.1 ISO400 EV0 30mm spot metering







疑問とは、「三年に一度は閏年(うるうどし)があって、鶏は明け方(五更)になく」の表現が少なくとも2通りあって、どちらが道元の言葉を正しく伝えているか、だった。
ひとつは、「三年必一閏」であり、もうひとつは「三年逢一閏」で、「必」か「逢」かがずっと心に引っかかっていた。

インタネットで検索すると、僧侶も含めて「逢」とするものが圧倒的に多いのに対して、学術論文で「必」とするものがある。

『永平広録』というのは通称で、正しくは『永平道元和尚広録』といい、道元の語録を門下の侍者詮慧(せんね)たちが道元の死後編纂したもの。
『永平広録』には、現在、御草案本系統と流布本系統の二種類が知られている。前者に属するのが永平寺の秘蔵本(『門鶴本』または『祖山本(そざんぼん)』)など、後者に属するのが江戸時代に卍山道白(まんざんどうはく)が校訂出版した『永平広録』(通称『卍山本』)。

祖山本、卍山本からそれぞれの箇所を含む原文を引用してみよう。
(旧漢字は当用漢字で表記)

48上堂。云。山僧是歴叢林不多,只是等閑見先師天童。然而不被天童謾,天童還被山僧謾。近来空手還郷,所以山僧無仏法,任運且延時。朝朝日東出,夜夜月落西,雲收山谷静,雨過四山低,三年必一閏,鶏向五更啼。

48 上堂。云く。山僧これ叢林を歴(へ)ること多からず。ただこれ等閑(なおざり)に先師天童に見(まみ)ゆるのみなり。然れども天童に謾(あざむ)かれず。天童、還(かえ)って山僧に謾(あざむ)かる。近来、空手にして郷に還る。所以に山僧、仏法なし。任運(にんうん)に且(しば)らく時を延ぶ。朝朝、日は東より出で、夜夜、月は西に落つ。雲収まりて山谷静かに、雨過ぎて四山低し。三年、必ず一閏あり、鶏は五更向(に)啼(な)く。
-鏡島元隆校註『道元禅師全集 第3巻』「道元和尚広録第一 48」春秋社 1988 pp.34-35-


師、於嘉禎二年丙申十月十五日、始就当山、開堂拈香、祝聖罷。
上堂。山僧歴叢林不多、只是等閑見天童先師。当下認得眼横鼻直、不被人瞞、便乃空手還郷。所以一毫無仏法。任運且延時。朝朝日東出、夜夜月沈西、雲収山骨露、雨過四山低。畢竟、如何。良久云、三年逢一閏、鶏向五更啼。久立下座。

師、嘉禎(かてい)二年丙申(へいしん)十月十五日において、始めて当山に就いて、開堂拈香(かいどうねんこう)、聖(しょう)を祝し罷(おわ)って、
上堂。山僧(さんぞう)は、叢林(そうりん)を歴(へ)ること多からず。只(ただ)、是(これ)、等閑(とうかん)に、天童先師(てんどうせんし)に見(まみ)えて、当下(とうげ)に眼横鼻直(がんのうびちょく)なることを認得(にんとく)して人に𥈞(まん)ぜられず、便乃(すなわち)、空手にして郷(きょう)に還(かえ)る。所以(ゆえ)に一毫(いちごう)も仏法(ぶっぽう)無し。任運(にんうん)に、且(しばら)く時を延(の)ぶ。朝朝(ちょうちょう)日は東に出(い)で、夜夜(よよ)月は西に沈む。雲収(おさま)って山骨(さんこつ)露われ、雨過(す)ぎて四山(しざん)低(た)る。畢竟(ひっきょう)、如何(いかん)。良久(りょうきゅう)して曰(いわ)く、三年、一閏(いちじゅん)に逢(あ)い、鶏(にわとり)は五更(ごこう)に向かって啼く。久立下座(きゅうりゅうげざ)。

【現代語訳】
 道元禅師は、嘉禎二年(一二三六年、丙申の歳)の十月十五日に、はじめてこの興聖寺において、祝国開堂し、香を拈じ祝聖して、
 上堂し、次のように言った。
 山僧(わたし)は、あちこちと禅林を遍歴し、その生活を多く経験したわけではない。ただ、はからずも、本師天童如浄(てんどうにょじょう)禅師に相見(しょうけん)させていただき、その場で、眼(め)は横に、鼻は真っすぐについているというごく当たり前のことを認得しえたのであって、如浄に、仏法とはそういうものだとだまされたというわけではない。如浄がかえって、山僧(わたし)にだまされて仏法とはそういうものだと教え示されたのである。
 そして、つい近年、手に何も携えずに郷(きょう)に還(かえ)ってきたのである。それゆえに、山僧(わたし)にはいささかの仏法もない。
 ただ、何のはからいもなく、時の過ぎ行くままに身をゆだねている、
 朝な朝なに太陽は東より出て、夜な夜な月は西に落ちて沈んでいくように……。
 雨雲が通り過ぎ、雨がやむとあたりの山々が低くその姿をあらわす、そのように……。 つまり、結局のところはどうだというのだ、ごくごく当然のこと、それこそが仏法の真実のありようではないか。
 と、言って、道元は、しばし無言の間をおいてから、次のように言った。
 三年に一度は閏年(うるうどし)が巡ってくるものだし、
 鶏(にわとり)は明け方(五更・午前四時頃)には鳴いて時を告げるものだ。
 そして、道元は「長いあいだ立たせたままで、お疲れ様であった」と言って説法の座から下りた。
 -大谷哲夫 『道元「永平広録・上堂」選』 講談社学術文庫 pp.20-24-

【語 義】

〔音〕ジュン
〔訓〕うるう
・時の運行と暦とのずれを調整するため平年より余分にもうけた日または月。うるう。「閏日・閏月」

【五更】ゴコウ
・一夜を初更(甲夜、ほぼ午後7時~9時)・二更(乙夜、午後9時~11時)・三更(丙夜、午後11時~午前1時)・四更(丁夜、午前1時~3時)・五更(戊夜、午前3時~5時)に分けた称。
・その第5番目の更。寅(とら)の刻に当たる。戊夜。暁。
(岩波書店『広辞苑 第六版DVD-ROM版』)




 最終的な確認がまだ出来ていないので断言は出来ないが、どうやら祖山本の方が「必」で、卍山本の方が「逢」となっているようだ。

ところで、「鶏は五更になく」の「なく」については、祖山本でも卍山本でも「啼」を用いていて、「鳴」ではない。
家元の筆による扇子の「鳴」はいかなるセンスに由来するのか、今のところ不明である。


薄茶が運ばれてきた。
春とは名ばかりの淡い陽ざしに湯気がたゆたっている。
穏やかな建国記念の祝日。




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skyさんへ

インタネットの発達で巨大なライブラリーが身近になりました。

便利になった反面、誤った情報も氾濫し、正確な情報を得るには時間と手間がかかるのは以前と変わりません。

今回は2箇所の図書館から資料を取り寄せました。

辞書も長らく紙媒体を使っていましたが、最近は何種類かをPC上に起動しておき、必要に応じて切り替えて使っています。

自分用のパーソナル辞書にも時々入力しておき、辞書としてまた覚え書きとしても使っています。

No title

ネットで検索する?
今は良い手があるものですね!

昔は辞書を引いてもちんぷんかんぷんでした。

さんたろうさんへ

横文字で食っていましたが、縦文字も味わい深いものがあり、先月から地元の図書館、以前住んでいたところの図書館から『永平広録』関連書を借りていました。
勤めていた大学にほぼ決定的な資料があるのですが、今は入試業務に忙しいだろうと、遠慮しています。
縦文字でも横文字でもなんだか同じことをやっているみたいです!(^_^X)
今日「鶏向五更鳴」で検索してみたら4件引っかかりましたの、おっ!と思ったら何のことはない、先月末にわたしがらぱんママさんにコメントしたものでした。
あとの2件は、いずれもこの正月家元から頂戴した干支扇子の文言「鶏向五更鳴」でした。

今年は全国的に雪が多いですね。
一昨日、東京にもちらちら降雪がありましたが、すぐに霙と雨になり今は乾いています。
明日のゴルフはどうやら雪の心配がなさそうですが、グリーンは凍っているでしょうね。
パー3でショートした球がカチカチのグリーンを駆けて穴に入ってくれる・・・なんてことはないでしょうねぇ!(^_^X)
花粉が飛び出していてときどきくしゃみと涙が出ますが、{{ (>_<) }}{{ (>_<) }}さむ~ぃ日には飛散量が減るのでそれだけが慰めになります。

No title

ダッファーさんの得てとするところは、横文字かと思っていましたが、・・  (笑)


そっちは春の兆しがありますか、・・

こっちは、まだ2月半ばですから、いつもなら荒れた天気なんでしょうが、意外と穏やかです。

が、西日本はかなり厳しい天候となっていますね!


   
プロフィール

ダッファー 

Author:ダッファー 
夢 もう一度St.Andrewsオールドコース17番でパーを取る。
似た役者 中村扇雀 改め坂田藤十郎
夢中対象 ゴルフ 1989(H23) '90(H14)'93(H7)'96(H5) 2004(H8) /写真/花鳥風月 
ホールインワンは3回しか達成していない。生涯計画6回完遂^^。

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